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板橋な人
はづきまりや さん
演歌で「歌」で、人々を活気付ける、生粋の板橋っ子な女性。
板橋区に、女性の演歌歌手の方が活動されている事をご存知でした?
しかも、板橋区に生まれ板橋で育ったという、根っからの板橋区民なんです。
演歌歌手のはづきまりやさんに、お話を伺ってまいりました。
はづきまりやさん
はづきまりやさん



親戚が集まると、台を持ってきてその上で歌う。それで拍手をもらっていました。(笑)

---はづきさんは、ずっと板橋にお住まいだとおうかがいしたのですが?
はい、生まれも育ちも板橋なんです。
成増生まれの赤塚育ちです。江戸の頃より一族で板橋・成増です。
24歳の時に、二年間だけ、赤塚を離れたのですが、
またまたそれが、上板橋なんです。(笑)

その時代に丁度ロックをやっていまして。
ロックで飯が食えるかと両親とけんかをしまして、「じゃあ、ロックで飯を食ってやる。」と、出たところが上板橋。(笑)

---長く住まわれている板橋の印象は、いかがですか?
仕事柄、色々な街に行きますけれども、一番住みやすい街ではないかな?
と、思います。
ふるさとと言うには都心ですけれど、ほどほどに緑も多いですし、何よりも住んでいる皆さんが温かい人ばかりで、生まれて、育って。安心出来る街ですね。

---歌の世界に入られた、きっかけと言うのは何だったのでしょう?
何しろ歌が好きで、幼稚園の頃は、親戚が集まると、台を持ってきてその上で歌い、それで拍手をもらっていました。(笑)
その頃からすでに無意識の中にあったんだと思いますけど、きっかけは、15歳の時に、ビリー・ホリデーというジャズシンガーの方の歌を聴いたんですね。
その時にショックを受けて、こういう歌を歌ってみたい!と。
男とか女とかそう言う事は関係なく、歌そのものに惹かれたんですね。
そこで、ブルース系のロックを始めたんです。
ボーカルをつとめて作詞作曲もし、吉祥寺でずっとライブをしていました。
シルバーエレファントというライブハウスだったのですが、ミスターチルドレンとも共演していましたね。
ミスチルの桜井さんは、歌謡の世界に行って、私は演歌に行きました。

日本語の言葉の美しさに気がついて、演歌って、こんなに素晴らしい歌なのだと気づいたんです。


---ロックの世界から、演歌の世界に、どのような経緯で移られたのでしょう?

ロックは、習うものじゃない。自分の気持ちで歌うものだと思っていたんです。
ソウルだと。
ところが、きちんと歌を勉強した人に知り合いまして、
やはり、人に聴いてもらうには基本が大事だと言われたのですが、
それでも習わなかったんですね。(笑)
私の歌の先生が、木村一郎先生と言うのですが、その先生とお会いして、この先生だったら、自分の歌を預けて、レッスンを受けたいなと思ったんです。人柄に惹かれたんですね。
その先生に就いたのですが、その先生の流れが、松山恵子さん、大月みやこさんの系列だったので、若干の演歌が自分の音楽の歴史の中で登場するわけなんです。

---そして、完全に演歌に移られるわけですよね?
比較的仕事の多い演歌路線でやってみて、その後でもロックを歌ってみたらいい、と言うことで、「なんとかなるわ」でデビューしたんです。
ところが演歌の世界に入ったら、もともと自分でも作詞を書きますので、日本語の言葉の美しさに気がついて、演歌って、こんなに素晴らしい歌なのだと気づいたんです。
ロックは今も趣味で歌っていますよ。(笑)
営業では、ポップス・ジャズのリクエストも最近は増えてきています。

---そうすると、はづきさんの今までの経歴が、歌に生きてきますよね。
かえって、歌の出る場所を演歌として作っておいたおかげで、ジャズもポップスも日の目を見たとも言えますよね。

---板橋に活動拠点を置かれていますが、板橋での忘れられない思い出などがありましたら。
忘れられないのは、板橋の成増ですね。
生まれて育ちましたので。
私は、純の日本人でございまして、なんせ煎餅が大好きなんです。
成増に栄草庵という煎餅屋さんが、モスバーガーの隣の方にあるのですが、そこの煎餅が幼稚園の頃から大好きで、布団の中に持ち込んで食べるのが好きで、音がしないように、ふやかして食べていましたね。(笑)
板橋の思い出は、住んでいる赤塚と、2年間だけですけれど、1人で暮らした上板橋が濃いいですね。
上板橋って、卵を1個10円という形で売っているお店があったりもして、とても庶民的なんですよね。

「じょんから恋唄」を早くレコーディングしたいですね。


---現在のはづきさんの活動状況というのはどのようなものなのでしょう?

平成9年にデビューしまして、去年の10月に日光東照宮の世界遺産5周年を記念した曲を歌わせていただいています。
「日光風の香り」「日光湯の町恋の街」というものです。
板橋は、日光と友好都市のようで、偶然のめぐり合わせですね。
その曲を売り出しています。
後は、お祭や、老人ホームや地域の敬老会や、町の集まりでも、ステージに立たせていただいております。

ボランティアで、「あゆみの箱」というものにも協力させていただいています。
芸能人のボランティア会員で歌手として協力させていただいたり。
支援金は、福祉。主に身体に傷害を持った方の施設に使われています。

先日、デイリースポーツさんが主催のフットサルの大会があったのですが、その時のイメージソングも作らせていただきました。
作詞・作曲・歌。と、全てをやらせていただきました。
入場する時などに流していただくはずだったのが、試合中ずっと流れていましたね。(笑)

---はづきさんの芸名の由来というのは何なのでしょうか?
演歌を歌う前に、ジャズとポップスをやっていたのですが、その時に、「まりや」という名前で活動していたんです。
まず、「まりや」という名前が先だったんですね。
演歌と歌謡曲を歌う時に、名前だけでは変だという事で、「はづき」という名前がついたのですが、
柏の葉っぱを意味する「は」ではなくて、ころもへんに白の「は」なんです。
五月人形の角の意味を持っていまして、より日本らしい名前をという事で、この名前でデビューさせていただきました。
最近、ファンの方々から平仮名の名前もかわいくて似合ってるんじゃないかという、意見が多く、昨年の10月から「はづきまりや」に変わったんです。
また、初心に戻ったつもりで頑張りたいです。

---演歌歌手として、興味を持たれている事、進められている事などがありましたら。
今、新しい曲に向けて活動しております。
「じょんから恋歌」というものです。
昨年の夏にカラオケを先に制作してあり、出来れば今年中に出せたらと思っています。
かれこれ、3年も歌っている曲なんです。
お客様の方から、「これはいい曲だからぜひレコーディングした方がいい!」
という声がありまして、私も早くレコーディングしたいと思います。
皆さんのご声援があればあるほど、レコーディングが早く進みますので、ぜひ応援をよろしくお願い致します!

---何かメッセージがありましたら、お願いします。
活動は、演歌のみにとどまらず、「まりや」というマイジャンルを作って行きたいと思っています。
板橋に育てていただきましたから、これから板橋で色々なイベントがあれば、歌という形でみなさんの活動を応援したいと思います!

---ありがとうございました!

 




出身地 東京都板橋区

趣味:渓流釣り 日本舞踊
好きな色:すみれ色
好きな食べ物:あんず
性格:明朗・活発・泣き虫
血液型:A型

【芸歴】
平成9年、9月テイチクレコードより
「なんとかなるわ」でデビュー。

【オリジナル曲】
なんとかなるわ 
あなたのために 
伽陽花
星の彼方に
神戸の夜
日光風の香り
日光湯の町恋の町 
じょんから恋歌

【レパートリー】
ジャズからポップス、歌謡曲まで、 数十曲以上

10月9日 坂戸文化会館の「歌の祭典」にて出演いたします。



 

 

 



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